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大阪高等裁判所 昭和31年(う)499号 判決 1956年10月05日

主文

原判決を破棄する。

本件を篠山簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は記録に編綴してある篠山区検察庁検察官事務取扱検察官検事亀岡忠彰提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は同じく記録に編綴してある被告人の弁護人前堀政幸提出の答弁書記載のとおりであるからいずれもこれを引用する。

同控訴の趣意について。

所論は原判決は法令の解釈を誤り不法に本件公訴につき被告人を免訴した違法がある旨主張する。よつて案ずるに記録によれば本件公訴事実は「被告人は法令に定められた運転の資格を持たないで昭和三十年十月二十三日午後四時十分頃兵庫県多可郡黒田庄村喜多附近路上において、兵い二四九九号軽自動車を運転して無謀な操縦をしたものである」というのであるが、原判決は被告人は先に昭和三十年十一月二十一日篠山簡易裁判所において「被告人が法令に定められた運転の資格を持たないで、昭和三十年十月二十三日午前十時五十分頃兵庫県氷上郡山南町池谷国鉄谷川駅前所属道路において兵い二四九九号軽自動車を運転して無謀な操縦をした」との犯罪事実により確定裁判(略式命令)を受けているのであつて、元来被告人は昭和三十年十月二十三日同県多紀郡篠山町二階町所在の被告人の自宅から西脇市に至る用件があつて、無免許にて前記兵い二四九九号軽自動車を運転し同市に行く途中、同日午前十時五十分頃前記谷川駅前所属道路において無免許運転による無謀操縦につき、警察員の取調を受け(右略式命令確定の事実)その後運転を続けて西脇市に到り帰途同日午後四時十分頃前記喜多附近道路において、更に他の警察員により同様無謀操縦につき取調を受けた(本件公訴事実)のであり、被告人が右自宅を出て帰宅するまでの間における犯意並びに行為とも一連のものとみられ、且つ被害法益は交通の安全なる一法益であるから右略式命令確定の事実と本件公訴事実とは当然一つの継続犯を形成すると認めるを相当とし、既に前示の如く一罪の一部(略式命令記載の事実)につき確定裁判を受けている以上刑事訴訟法第三百三十七条第一号により本件公訴については被告人を免訴すべきである旨説示する。なるほど被告人は所用のため昭和三十年十月二十三日右二階町所在の自宅から無免許にて前記軽自動車を運転し西脇市に到つた上帰途についたのであり、事実上無免許操縦行為が引続き行われたことは論のないところであるが、往路谷川駅前附近路上における無免許操縦と、帰途喜多附近路上における無免許操縦との各所為が法律上一罪の各一部と解すべきであるかどうかは右二個の所為が前示のように引続き行われておること、その被害法益が交通の安全なる同一法益に属することを考慮に入れるだけではなく、それ以外それぞれの行為時における犯意、行為の態様、日時場所等諸般の事情を観察し社会通念に従い新しい無免許運転が行われたと認められるか否かによつて決すべきものである(最高裁判所昭和二三年(れ)第九五六号同二四年五月一八日大法廷判決、同裁判所刑事判例集三巻七九六頁以下所載参照)。今これを本件について検討するに記録中の被告人の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書、当審における証人三宅幸一、同宮本登に対する各尋問調書等の証拠を綜合すると被告人は谷川駅前路上において交通取締に当つていた司法警察員三宅幸一により咎められ前記自動車を一旦停車の上取調を受け、その無免許運転であることを指摘注意されたので、該自動車の運転を取止めて汽車の便によつて西脇市に行こうと考えたこと、ところがその発車時刻までには相当時間があつたため急用がある旨を三宅に告げて再び右自動車を無免許のまま運転して西脇市に到つたこと(被告人が右のように再び運転を始めた際三宅はこれを制止せず黙認の形となつたが同人には被告人の無免許運転を許可するまでの意思はなかつたものというべく、被告人は三宅の意思にかかわることなく、無免許運転たることを熟知しながら再び該自動車を運転進行したものと認めるのを相当とする)そして被告人は西脇市における用件をすませ帰途、前記喜多附近路上において同じく交通取締に従事していた司法警察員宮本登等に取調を受けたものであることが認められる。このような事実の経緯に照し考えれば被告人の無免許運転の犯意は谷川駅前路上附近における取調により一旦中断せられたが、それが更新せられ又は新な犯意を生じてこれに基き引続き無免許運転がなされたものとみるべく、しかも谷川駅前附近と喜多附近との間は相当の遠距離にあり、犯罪時間の如きも前者においては午前十時五十分頃後者においては午後四時十分頃であるばかりでなく、本件は被告人が谷川駅前附近での取調を受けた後直ちに自宅へ引返すか、汽車の便を利用する等の適宜な措置に出ることなくして更に敢えて無免許にて軽自動車を運転して西脇市まで進んだ後その帰途の出来事であることが窺われるのであつて、これ等犯意行為の態様、日時、場所等記録の示す諸般の事情を観察するならば事実上無免許操縦行為が引続いておること、被害法益の同一なることにかかわりなく、被告人の谷川駅前附近路上における無免許運転と喜多附近路上におけるそれとは単純に被告人が自宅から西脇市までを所用のため往復した無免許運転による継続犯罪の各一部をなす所為として処罰の対象たるものではなくして、喜多附近路上における新しい無免許運転があつたものと認め、以上両者はそれぞれ各別個に犯罪を構成すると解するのが社会通念に合致するところというべきである。原判決は警察員の取調を受けた事実があつたとしてもそれにより犯意乃至行為が一応中断せられ、その後の無免許運転は新なる犯意乃至行為とせられる理論的根拠を発見し得ないと説くけれども、本件は叙上のように諸般の具体的事情を検討し犯意の更新乃至新な犯意の発生が認められ、別個の犯罪が成立するものとみるのを相当とするのであるから、この点において原判決が事実の認定を誤り延いて継続犯に関する法理を誤解したことに帰する。しかして原判決が被告人に対し免訴を言渡したのは一事不再理の原則を不当に適用したものといわざるを得ないのである、答弁書記載の所論を考究しても到底右結論を左右し難く論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に従い原判決を破棄すべく本件は更に原審で審理し判決するのを相当と認めるから、同法第四百条本文に則り主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 吉田正雄 判事 山崎寅之助 大西和夫)

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